人見知りが治らない理由

この記事は「人見知りは、世界を変える。」と信じ、体現し続ける人見知り心理カウンセラーの、さいとうよしゆきの手記です。

人見知りは治らない?

人見知りに苦しむ人はそれこそ、数え切れない程にたくさんいるだろうが、ほとんどの人は「人見知りはもう治らないかもしれない」と思ってはいないだろうか。

以前、この手記に書いたように、人見知りというのは本質的な人格ではなく、単なる状態であると記した。状態である以上、人見知りは治るものであり、しかも病気ではないのだから、自らの意志でいつでも、人見知りを終わらせることは可能なのだ。

それにも関わらず、「人見知りは治らない」そう思っている人は多い。そのような人がもし私の前に現れたら、その人が持っているメガネ拭きを奪った上で、メガネに指紋を付けるという地味な嫌がらせを出逢う度に行うだろう。
   
個人的に、「人見知りを治したい」と言う人の多くは、言葉では「人見知りを治したい」「人見知りを手放したい」「もっと自信がある自分になりたい」と言いつつも、あえて、『人見知りを治そうとしていない』。もっと厳しく言うと、『人見知りを治したくない』と心の中で決心しており、『人見知りを必要としている』だから、人見知りは治らないのだ。   

目的があるから、人見知りを続けている

    
『人見知りを治したい』と言いつつ、人見知りを必要としている?これは一体、どういうことなのだろうか。勘の良い方は、この言葉を聞くだけで「もしかしたら…」と気づかれるかもしれない。

人見知りを必要としている。つまり、人見知りであることで、その人に何らかのメリットがあるということである。例えば、こんな場面はないだろうか。
    
・人見知りだから、初対面の人に話しかけることができない/話が続かない
・人見知りだから、グループに溶け込めず浮いてしまう
・人見知りだから、恋愛がいつもうまくいかない
・人見知りだから、うまくコミュニケーションがとれず仕事がうまくいかない
・人見知りだから、うまくコミュニケーションがとれず友達ができない

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人見知りの人ならば、黒ひげ危機一髪のタルに刺さる剣の数ほどぐさぐさとくるのではないだろうか。(はい、それは私です)

それにしても、黒ひげ危機一髪とはなんと残忍なゲームなのだろうか。身動きのとれない海賊をタルに詰め込み顔だけ出させ、大勢でタルに剣を突き刺して行く。

うん。冷静に考えるとどん引きですわ
   
最初に、このゲームを考えた人は一体どのような心理状態だったのだろうか。相当、精神を病んでいたのだろうか。カウンセラーとしてはそこに興味が尽きない。人類で一番最初に、タコやナマコ、ウニを食べてみようと思った人ぐらい、その精神状態に興味がある。

それを、おもちゃにして、幼い子どもに与え遊ばせるこの世の中
どうかしてるぜ!!
   
などと思いつつ、話を戻す。人見知りな人は、人見知りである状態を必要としているのだという話だ。

先ほど書いた5つのシチュエーションをどう思われるだろうか。あるある、と思うだろうか。しかし、別の側面から考えると、その5つのシチュエーションを、こうも見ることができる。
    
・人見知りだから、初対面の人に話しかけることができない/話が続かない
⇒そもそも、初対面の人とうまくコミュニケーションをとる自信がないから、「私は人見知りだから仕方ない」と理由をつけている。

・人見知りだから、グループに溶け込めず浮いてしまう
⇒そもそも、グループに溶け込める自信もなく、グループに溶け込めてもそれを続ける自信がないから、「私は人見知りだから仕方ない」と理由をつけている。

・人見知りだから、恋愛がいつもうまくいかない
⇒そもそも、恋愛をする自信もないし、恋愛が叶ってもうまく続けられる力が自分にないと思っているから、「私は人見知りだから仕方ない」と理由をつけている。
   
・人見知りだから、うまくコミュニケーションがとれず仕事がうまくいかない
⇒そもそも仕事ができなくて、そんな自分を認めるのが嫌だから「私は人見知りだから仕方ない」と理由をつけている。

・人見知りだから、うまくコミュニケーションがとれず友達ができない
⇒そもそも、友達を作る自信もないし友達を作るコミュニケーション能力がないから「私は人見知りだから仕方ない」と理由をつけている。

このような考えは、小学校のとき、100メートル走をする前に、「俺、今日体調悪いから本気で走れないわ」「今、筋肉痛だから本気で走れないわ」と自分が失敗した時に備えて”保険”をかける男子小学生の心理と同じであると言える。

そう、これが「人見知りである状態を必要としている人間心理」である。

アドラー心理学が伝える目的論

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それを裏付ける論理がある。135万部のベストセラーを記録した、「嫌われる勇気」「幸せになる勇気」で紹介される「アドラー心理学」をご存知だろうか。アドラー心理学を提唱したのはアルフレッド・アドラー。1870年から1937年を生きた、オーストリア出身の精神科医、心理学者である。彼の説く心理学に、目的論というものがある。目的論とは、次のようなものだ。
   
「物事には必ず原因があると考えるのが、原因論。目的論とは、人は原因によって後ろから押されて生きているのではなく、常に、ある目標を設定し、それを追及しているのだ」という考え方である。

つまり、アドラー心理学では、「悩み」は「原因」があって発生するものではなく、「目的」があるから人はわざわざ「悩み」を用意するのだと説明している。
   
その例として、「人見知りに悩んでいる」という状態を当てはめてみると

何かしらのトラウマがあったから「人見知り」に苦しむことになったのではなく、自分が恐れる失敗が起こったとき、「人見知りだから仕方ない」と言い訳をするために、人見知りという悩みを作り出したというものだ。
   
アドラー心理学。非常に痛快な心理学である。

人見知りを終わらせる勇気

「苦しみの種」となった、「原因」というものは、確かに存在するだろう。その原因があったから、ある出来事が不安や恐怖であると学習し、今後も、ずっとそれが続くのだろうと思ってしまった。

しかし、冷静に考えると、その不安や恐怖が今後もずっと自分に降り掛かり続けるということはありえないのだ。だから、その不安、恐怖を過剰に恐れず、もう、同じような傷を負わないために「私は人見知りだ」と保険をかけなくても良い。

アドラーは、「性格」のことを、「ライフスタイル」と呼んだ。

「性格」というと、生来のものであり、容易には変えられないニュアンスが強い。それに対して、ライフ・スタイルは、 自分の思考・感情・行動のパターン(スタイル)を総称したもので、本人の意識的な努力で変えることができる、と考えられている。

冒頭にも書いたように、「人見知り」は人格ではなく状態である。それは、「ライフスタイル」とも言える。人見知りという状態であることを選び、人見知りというライフスタイルを選び、そうして生きる事で、自分がこれ以上傷つかないように生きる。「人見知り」という状態を盾に。

アドラー心理学では、「性格はいつでも変えられる」と明言している。性格が、ライフスタイルなのであれば、ライフスタイルは変えられる。あなたが恐れる未来が確実にやってくることは無いから、もう、「人見知り」という盾を構えなくてもいいのだ。その盾がなくても、あなたは、人間らしく堂々と生きていくことができるのだ。

人見知りというものは、「思い込み」である。大きな勇気を要するが、それを認め、新しいライフスタイルを考え、それを選択して生きていく。それが、人見知り、だけでなく対人恐怖や、コミュニケーション障害をも終わらせる方法である。

これからの、あなたの生き方を、私は絶えず応援し続けていきたいと思う。

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誇り高き人生を。

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人見知り心理カウンセラー

「人見知りは、世界を変える」

人見知り改革カウンセラー
さいとうよしゆき

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