人見知りをしない方法がある

この記事は「人見知りは、世界を変える。」と信じ、体現し続ける人見知り心理カウンセラーの、さいとうよしゆきの手記です。

若者のSNS事情

最近、19歳、25歳の男性2人と話しをする機会があった。その会話の最中で「”最近の若者”はFacebookをあまりやっていない」という事実を知り、普段、カウンセラーとして「丁寧・親切」を心がけており、敬語キャラが定着しつつある私でさえ

彼らを3度見をした上「マママ、マジかよ」と口走ってしまい動揺を隠すことができなかった。

「じゃあ、今の若い世代のみんなは何のSNSをしているのですか?」と聞いた所、どうやら、Twitter・インスタグラム・LINEを中心に、好んで使っているらしい。

結局、Facebookでは繋がる事ができず、切なさと、世代の違いを否応無く自覚させられたことが印象的な出会いだったのだが、この記事をお読みの方は、最近の若い世代のSNS事情をご存知だったろうか?(え、知ってた…?)

賛否両論あるが、私は、文章を書き始めるとつい長文になってしまう。だから、Twitterではとてもではないが、私の思いを綴り切れない。写真がメインのインスタグラムは論外。100m全力疾走できる体力があるのに最初から手足を縛られているようなものだ。

だが、長文を好むのは、その半面でリスクもある。自分の想いを文章として大量に残すということは、それだけ、実に多様な「見られ方」をされてしまうと言うことだ。これはある意味、恐怖でもある。

私は「人見知り」を肩書きにするぐらい「人見知り」気質だ。
他人にどう見られているか?それは実に重要なテーマである。

「人見知り」とは様々なシチュエーションで発揮されるものだが、そもそも「人見知り」とは一体何か。

従来は、子供が知らない人を見て、恥ずかしがったり嫌ったりすることである。これが大人にも適用され、「内気」・「照れ屋」・「はにかみ屋」・「恥ずかしがり屋」の言葉をあてられている。コミュニケーション、人付き合いが苦手なこと、知り合いや顔見知りの前で自由な感情を表現できない事が人見知りとして標準とされている。

そう考えると、文章を書き、それを全体公開するということは、人見知りにとってはもう「羞恥プレイ」に近いものではないだろうか。
しかし、自分の意見や意志は発信したい。誰かに見てもらいたい。そのような思いは人見知りに関わらず、強いもの。だが自分が長く綴った文章は見られたくないし、不安が前提にあるので、長く綴るのも、そもそも面倒だ。

そう思ったとき、きっと私なら、文章が短くても良い、あるいは文章を使わないSNSを選ぶだろう。そのツールがTwitter、インスタグラムである。(Twitter、インスタグラムユーザーを「人見知り」だと言うのではなく、あくまで自分だったらそうするだろうなという意見だ。)

そう考えると、自然、「人見知り」をしてしまう原因と、人見知りをしないための1つの方法が見えてくる。

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本当に怖い事は、自分という存在が否定されること

「人見知り」の特徴の1つは「自己主張が苦手だ」ということである。その理由は、自分の発言や意志が、否定・批判されてしまうことが怖いからだ。

そのように感じるのは、過去、トラウマがあったから。勇気を出して口にした言葉、意気揚々と発信した意志。それが否定されてしまい、強いショックを受けた過去が、人見知りとしてのあなたを縛りつづけている。

これが、「今現在、人見知りが継続している」原因のひとつである。
自分が否定されるということは、怖い事だ。ましてや、「自分」というものをしっかりと捉え、「これが自分だ」と胸を張って主張でる人など、いったいどれほどいるだろうか
いやいない(0.1秒)

…”いない”は極論。自分をしっかり持っている人もいるけれど、「揺るぎない自分」を腑に落とせている人は絶対的に多数派ではないだろう。

逆に、「揺るぎない自分」を自覚出来る人は、まず「人見知り」ではない。「私は、揺るぎない人見知りです!!」と言う声も聴こえてきそうだが、それはまぁ、うん。座布団1枚差し上げたい。

つまり、人見知りをしない方法というのは、「揺るぎない自分」の在り方を知り、他者の意見など跳ね返す事ができるほどに自分を落とし込むことなのだ。

「それ、違うよ」
「何言ってるの?」
「あなたって、こういう人だよね」
「あなたのこと、よくわかってるよ」

これらの、他人からの決めつけ的意見を、ニヒルな表情で「ふっ」と鼻で笑う事ができ、デコピンをするかの如く跳ね返すことができる状態になることができれば、まず「人見知り」と自覚することは無くなるだろう。

他人からの言葉に対し、ぶれない自分を確立できることこそが、人見知りをしない方法なのである。そのような人は、例えFacebookで長文記事を書き、万一叩かれてしまったり、否定的な意見が自分の投稿に書き込まれたとしても、動じることはないだろう。

「ワニワニパニック」で、飛び出してくるワニをハンマーで叩く速度の勢いで、否定的なコメント削除&アカウントブロックができる図太さをもった人である。まぁ、それができる人が「完全に人見知りでない」とは言えないのだが。削除&アカウントブロックを多用する人は、心理学での防衛機制「逃避」という心理作用により、見たくないものを見ないようにしているだけである場合が多い。

しかし、前提として、人見知りの心を守るために、自分の心理的環境を健康に保つ事が大切なので、私はSNSにおける「ワニワニ・ブロック」を推奨している。話が逸れた。

今回の、人見知りを終わらせるヒント

人見知りをしない方法は、心理学的に認知行動療法からのアプローチで改善させる方法がいくつかある。

「これをすれば人見知りが治る!」という、誰にでも共通する唯一の方法などはない。その方法は、その人がやりやすい方法であったり、その人のトラウマをえぐるものであるが効果てきめんなものであったり、つまりはオーダーメイドなのだ。

しかし、あえて、人見知りを改善させる方法として共通するものを上げるとしたら、まずは前述したように「自分を知る」ことだ。そして「揺るぎない自分を手に入れる」

これが容易なことでないことはよくわかる。「って言われてもさぁ」と私だったら反論したくなるだろう。

だからこそ、の具体的な方法を、これからも、このブログを通じ、私は書き残していきたい。人見知りを改善させるためには当然だが、時間がかかり、それ相応の勇気が必要になる。

それらを、私の体験や、学びを通して、これを読んでくれている誰かに届き、心のスイッチが入れば良いと思う(うまいこと言った気がする)

大切なことは、「自分自身を深く知る事」そして、その先で「誤解を解くこと」だ。何の誤解を解くのかというと、それは「自分自身に対するセルフイメージ(思い込み)」である。

人見知りは、「〜したらどうしよう」という思考が強く強く、根付いている。ちなみに、ここで「大成功したらどうしよう」「道端に落ちているスーツケースの中に一億円が入っていたらどうしよう」「イケメン男子にモテモテになったらどうしよう」「マンガから女の子が飛び出してきたらどうしよう」「不思議な格好をした少女に誘われ、異世界へ迷いこんでしまったらどうしよう」などと考えた人は

近日中に、頭に綺麗なお花が咲くことだろう。

「〜したらどうしよう」とは、言わずもがなネガティブな意味での不安だ。

そして、その「〜したらどうしよう」という思考は大体において、実は「起こりえない現実」なのだ。そのような、誤解と予期不安から解放されたとき、ようやく「人見知り」である自分を終わらせることができる。今の段階では、自分を知る事と、自分が自分自身に対し誤解をしている可能性があるということだけを思っていただけると良いかもしれない。

「人見知り」は必ず、改善するということ。
「人見知り」は過去になり、今のあなたを助ける力になること。そして、あなたは必ず、「誇りある人生を送ることができる」ということ。

それらを決して忘れずに居ていただきたいと思いつつ、私自身も、人見知り代表として、多くの人の心が楽になるヒントを発信していくことができたらと思う。

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誇り高き人生を。

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「人見知りは、世界を変える」

人見知り改革カウンセラー
さいとうよしゆき

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